「教育用教材ソフトウェア」事件

【担当:弁理士 浅野令子】

「教育用教材ソフトウェア」事件
東京地判平成30年8月17日(平成29年(ワ)第21145号) 損害賠償請求事件

判決文PDF
(全文)http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/088101_hanrei.pdf
(別紙)http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/101/088101_option1.pdf

 

1.ポイント

 ソフトウェアの表示画面の形状,模様,色彩等が、不正競争防止法第2条第1項第3号の「商品の形態」に該当するか。

 
2.事案の概要

(1) 概要

 原告は、被告の製造販売する教育用教材に関するソフトウェアの表示画面が、原告の製造販売するソフトウェアの表示画面の模倣したものに当たり,そのソフトウェアの販売は不正競争防止法第2条第1項第3号の不正競争に当たると主張するとともに、上記行為は民法上の不法行為に該当すると主張して、東京地裁に損害賠償請求訴訟を提起しました。

 裁判所は、不競法第2条第1項第3号の不正競争行為の該当性を否定しましたが、ソフトウェアの表示画面の形状,模様,色彩等について、不競法第2条第1項第3号「商品の形態」に該当し得るとの判断を示しました。

(2) 原告のソフトウェア及びその表示画面

 原告は,ロイロノートスクールという名称のアプリケーションソフトウェア(以下「原告ソフトウェア」という。)を開発し,平成26年4月頃から製造,販売を開始した。原告ソフトウェアは,学校において従前は黒板やホワイトボードで板書されていたことやマグネットを用いてカードで表現されていたことをタブレットパソコン上で行えるようにしたアプリケーションであり,カメラ撮影機能(写真及び動画),テキスト入力,描画,ウェブサイト検索,地図表示,画像表示の各機能を搭載している。(判決文より引用)

 (別紙(3)より引用・原告メイン画面)


(3) 被告ソフトウェア及びその表示画面

 被告は,平成27年頃にオクリンクという名称のアプリケーションソフトウェア(以下「被告ソフトウェア」という。)を開発し,平成28年4月1日からその販売を開始した。被告ソフトウェアは,原告ソフトウェアと同様に,タブレットパソコンにおいて動作し,教師と生徒間における板書等のやり取りの代替機能を有するもので,カメラ撮影機能(写真及び動画),テキスト入力,描画,ウェブサイト検索機能などを有する。(判決文より引用)

 (別紙(3)より引用・被告メイン画面)

 

3.ソフトウェアの表示画面の形状,模様,色彩等は不競法2条1項3号の「商品の形態」に当たるか

(1) 商品形態模倣行為

 不正競争防止法第2条第1項第3号では、他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為は不正競争に該当する旨が規定されています。

 ここでいう「商品の形態」とは、同法第2条第4項において「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感をいう」と定義されています。

(2) 原告の主張

① 「他人の商品の形態」について

 無体物であっても独立して取引の対象になるものは,不競法における「商品」に該当する。原告ソフトウェアは,タブレットとは別個に経済的価値を有し,独立して取引の対象となるものであるから,同法2条1項3号の商品形態模倣行為における「他人の商品」に当たる。
そして,ソフトウェアは,起動されることによりタブレットの液晶パネルに画面が表示され,その後,各機能を使用することにより複数の別画面が表示され,これらが連続的かつ不可分なものとして遷移するのであるから,ソフトウェア起動時に表示される画面及び各機能を使用した際に表示される画面は,いずれも「商品の形態」に該当する。(判決文より引用)

② 原告ソフトウェアと被告ソフトウェアの実質的同一性について
 原告は、両ソフトウェアに共通する「フィールド領域に作成されたカード及び連結したカードが表示される」点に、原告ソフトウェアの本質的な部分があると主張しました。そして、両ソフトウェアの各相違点はいずれも非本質的な部分に関するものであるとして、本質的な部分を共通にする両ソフトウェアの形態は実質的に同一であると主張しました。

(3) 被告の主張

① 「他人の商品の形態」について

 不競法2条1項3号の「商品」は,有体物に限られ,無体物は含まれない。また,刻一刻変化する画面上の表示が不競法2条4項の定める「商品の外部及び内部の形状」や「その形状に結合した模様や色彩」に該当しないことは明らかであるから,ソフトウェアの画面上の表示は「商品の形態」に該当せず,被告ソフトウェアは,原告ソフトウェアの形態を模倣した商品に当たらない。(判決文より引用)

② 原告ソフトウェアと被告ソフトウェアの実質的同一性について
 被告は,原告が本質的部分であると主張する「フィールド領域に作成されたカード及び連結したカードが表示される」点は抽象化されたアイデアにすぎないとし、また、上記の表現方法は原告ソフトウェアの発売前からごく一般に用いられてきたありふれた表現であると主張しました。そして、その他の一致点についても、機能面での共通性にすぎず、両ソフトウェアの形態は実質的に同一であるとはいえないと主張しました。

(4)裁判所の判断

① 「他人の商品の形態」について

 不競法2条1項3号の「商品の形態」とは,「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様,色彩,光沢及び質感」をいうところ(同条4項),原告ソフトウェアは,タブレットとは別個に経済的価値を有し,独立して取引の対象となるものであることから「商品」ということができ,また,これを起動する際にタブレットに表示される画面や各機能を使用する際に表示される画面の形状,模様,色彩等は「形態」に該当し得るというべきである。(判決文より引用)

② 実質的同一性の有無について
 裁判所は、原告が本質的部分であると主張する「フィールド領域に作成されたカード及び連結したカードが表示される」点は抽象的な特徴またはアイデアにすぎず、その他の一致点についてもアイデア、抽象的な特徴又は機能面の一致にすぎないとして、不競法2条1項3号の「商品の形態」に該当しないと判断しました。

 また、両ソフトウェアは各相違点を有しており、具体的な画面表示においても「異なるか又はありふれた表現において一致するにすぎない」として、両ソフトウェアの形態は実質的に同一であるとはいえないと判断しました。

③ 結論
 以上のとおり、裁判所は、ソフトウェアの形態が不競法2条1項3号の「商品の形態」に該当し得ると判断したうえで、原告が実質的同一性を主張する両ソフトウェアの一致点は不競法により保護されるべき「商品の形態」には当たらず、両ソフトウェアの形態は実質的同一であるとはいえないため、被告が被告ソフトウェアを販売する行為は不競法2条1項3号の不正競争行為には該当しないと判断しました。

④ 参考:不法行為の成立について
 なお、原告は,被告が被告ソフトウェアを販売する行為が民法上の不法行為を構成するとも主張していましたが、裁判所は、被告の行為が不競法2条1項3号の不正競争行為に該当しないことをふまえ、以下のとおり、民法上の不法行為を構成すると認めることはできないと判断しました。

 不競法2条1項各号の規定は,特定の行為を不正競争として限定列挙するものであるから,同条各号所定の不正競争に該当しない行為は,同法が規律の対象とする社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成21年(受)第602号,同第603号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
 原告が主張する被告の行為が不競法2条1項3号の不正競争行為に当たると認められないのは前記のとおりであるところ,被告が,同法が規律の対象とする社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益とは異なる法的に保護された利益を侵害したなどの特段の事情は認められない。
 したがって,被告が被告ソフトウェアを販売することが民法上の不法行為を構成すると認めることはできない。(判決文より引用)

 

4.実務への提言

 本件訴訟では、ソフトウェアは独立して取引の対象となるものであるから「商品」ということができ、またその画面の形状、模様、色彩等は「形態」に該当し得るというべきであるとの判断が示されました。無体物であるソフトフェアが不正競争防止法2条1項3号の「商品」に該当することが示された点で、画期的な事案であると言えます。

 本件訴訟では、両ソフトウェアの画面表示が実質的に同一であるとは言えないとして、被告の行為は不競法2条1項3号の商品形態模倣行為に当たらないとの結論でしたが、ソフトウェアの形態に実質的同一性が認められる場合には、商品形態模倣行為に該当する可能性があるとの点で、注意が必要です。

 ソフトウェアの画面のデザインは、一定の要件を満たせば意匠法上の保護対象に該当しますが、現行法では意匠法による保護対象は極めて限定的です。また、著作権法による保護対象に該当する可能性がありますが、著作物性が認められるハードルは高いものであるといえます。このように、保護が容易でない現状においては、ソフトウェアの画面を保護する方法として、不正競争防止法も重要な要素となると考えられます。

 

(参考)

〇画像関連の不正競争防止法の裁判例には、以下のようなものがあります。
 東京地裁S57.9.27判決 昭和 54年 (ワ) 8223 [スペース・インベーダー事件]
  インベーダー等の影像及びその変化の態様が、テレビゲーム機の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」(旧第1条1項1号)に該当すると判断された事件です。
 東京地裁H15.1.28判決 平成14年(ワ)10893 [スケジュール管理ソフト事件]
  スケジュール管理ソフトの表示画面につき、著作権で争われたほか、不競法でも争われた事件です。ソフトの表示画面が「商品形態」(第2条1項3号)に該当するか否かが争われましたが、裁判所はその点については触れず、画面の形態に実質同一性がないとして、原告の請求を棄却しています。

〇画像のデザインに関しては、意匠法改正が予定されています。
 http://www.meti.go.jp/press/2018/03/20190301004/20190301004.html
http://www.meti.go.jp/press/2018/03/20190301004/20190301004-1.pdf

 

 

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