櫛の位置商標 審決取消請求事件

 

【担当:弁理士 浅野令子】

 

令和元年(行ケ)10143 位置商標 審決取消請求事件

判決文PDF(全文)https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/089660_hanrei.pdf

 

1.事案の概要

(1) 本願商標:

商標の詳細な説明(平成29年8月7日付けの補正後):
商標登録を受けようとする商標(以下「商標」という。)は,標章を付する位置が特定された位置商標であり,複数本の櫛歯を有するくし本体の長辺方向の中央を除いた左右部分に,それぞれ一定間隔で横並びに配された楕円型にくりぬかれた貫通孔を組み合わせた図形からなる。なお,破線は,商品のくしの形状の一例を示したものであり,商標を構成する要素ではない。

出願番号:商願2016-34650
出願日:平成28年3月28日
指定商品:第21類「毛髪カット用くし」」(審判手続における補正後)

(2) 手続の経緯
原告は,平成28年3月28日,位置商標に係る本願商標について出願し(商願2016-34650号)、平成30年3月26日付けで拒絶査定を受けたので、同年6月26日付けで,拒絶査定不服審判を請求した(不服2018-8775号)。
特許庁は,令和元年9月17日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
原告は,同年10月1日,審決謄本の送達を受け,同月29日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

(3) 審決の概要
本願商標は,その構成中の図形及び位置をして,商品の模様又は装飾を普通に用いられる方法で表してなる標章のみからなる商標と看取されるものである。請求人による使用実績を勘案しても,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標であって,商標法3条1項6号に該当する,と判断された。

 

2.主な争点

商標法3条1項6号該当性

 

3.裁判所の判断

(1) 裁判所は、「職業としてヘアカットを行う理美容師だけではなく,一般消費者が子供その他の家族の散髪などを目的としてカットコームを購入することも,十分想定される」ことから、本願商標に係る指定商品の需要者として、一般消費者を想定するのが相当であると認定しました。

(2) 本願商標に係る貫通孔が設けられたカットコームについて、商品の紹介で強調されているのは機能面での工夫であって、貫通孔に自他商品識別標識としての機能があることは言及されていないこと等を考慮し、裁判所は、「本願商標の構成は,指定商品の需要者として想定される一般消費者の注意力に照らしてみたとき,構成自体として,識別力を備えたものとはいえない」と判断しました。

(3) 原告は,商品のカタログ、アンケート結果や陳述書等を提出し、本願商標は使用により,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っていると主張していました。

これに対し裁判所は、「これらの各証拠等によれば,原告が販売する櫛は,プロである美容師や理容師等の間では有名であること,及び,これらの美容師,理容師等の中には,「穴のあいた櫛」であることを原告の商品であることを識別する標識として掲げている者が多いことが認められる。」としています。

しかしながら、「理容師,美容師等が識別標識としているのは「穴のあいた櫛」であることであって,本願商標の構成である中央部を除いた左右に7つずつ空けられた貫通孔ではないのであるから,これによって,本願商標の構成そのものが自他商品の識別標識となっていると断定できるかどうかには疑問がある。」としています。

さらに,原告が提出したアンケート結果等は理美容師などの職業的専門家を対象とするものであり,本願商標を付した商品の需要者として一般消費者を想定すべきことを考慮して,「これらの証拠によっては,本願商標が需要者・取引者一般に対して識別力を獲得するに至っていると認定することはできない。」と結論付けて原告の主張を退け、審決の判断を維持しています。

 

4.実務上の指針

(1) 位置商標について
位置商標は、平成27年4月1日付で施行された商標法改正にて新たに保護されるようになった商標の一つで、「文字や図形等の標章を商品等に付す位置が特定される商標」のことをいいます。

願書に記載した商標が、標章を実線で描き、その他の部分を破線で描くことにより標章及びそれを付する商品中の位置が特定できるように表示したと認めることができ、商標の詳細な説明にも、その旨を認識しうる記載がなされている場合、位置商標として認められます(商標審査基準)。

本願商標は、左右に7つずつ空けられた貫通孔を実線で描き、その他の櫛の部分を破線で描くことで、櫛に設ける貫通孔の位置を特定し、その旨を商標の詳細な説明に記載しています。

 

(2) 位置商標の識別力
商標法第3条2項は、第3条1項3号から5号までに該当する商標であっても、使用により識別力を獲得するに至っていると認められる商標については、商標登録を受けることができる旨を規定していますが、本事案のように6号に該当する商標が識別力を獲得するに至った場合はもはや6号に該当しないとして、商標登録を受けることができます。

位置商標については、第3条2項の適用が認められない例として、使用商標が、出願商標と相違する場合(標章の相違、標章の位置の相違)が、商標審査基準に挙げられています(商用審査基準 3条2項 8.(2))

本件訴訟では、理美容師などの職業的専門家の間で、「穴のあいた櫛」であることが原告の商品の識別標識となっている、ということは認められましたが、
①自他商品の識別標識となっているのは、本願商標の構成そのもの、すなわち、中央部を除いた左右に7つずつ貫通孔が空けられた構成ではない
②また、指定商品の需要者である一般消費者の間で自他商品の識別標識となっているわけではない
と判断して、本願商標の識別力を否定しています。

かかる裁判所の判断では、
①櫛に配置された貫通孔には、櫛にしなやかさを与える、1cm間隔のメジャーになっている等の機能的な役割があること
②原告が販売している櫛には,本願商標の構成とは異なる数の貫通孔を空けたものも複数種類存在していたこと
等の取引の実情も考慮されたものと考えられます。

(参考)

本願商標の構成のとおり、中央部を除いた左右に7つずつ貫通孔が空いている、原告が販売している櫛
(アスクル株式会社HPより引用)

本願商標の構成とは異なる数の貫通孔が空いている、原告が販売している櫛
(アスクル株式会社HPより引用)

位置商標は、図形等の位置を商品のどの位置に付すのかを特定した商標ですので、位置商標としての識別力が認められるためには、「穴があいた櫛」であることにより原告の商品であることを想起するだけでは足りず、「この位置に、この数で、穴があいた櫛」が原告の商品である、との認識までを要するものと考えられます。

位置商標として孔の位置、数を特定している以上、その特定した構成そのものが識別力を有していなければならないとした点で、位置商標の識別力を考える上で参考になる事案です。

 

(3) 位置商標の登録状況(2020年9月29日現在)
位置商標として511件が出願され、そのうち97件が登録されています。例えば、下記のようなものが登録されています。

登録5804314(拒絶理由通知が出されることなく登録)

登録5960200 3条1項6号解消?

登録6034112 3条1項6号解消?

また、拒絶査定不服審判を経て登録されたのは、(下の図左から)登録6225393、登録6225394、国際登録1299729の3件です。
    

さらに、位置商標に関し、拒絶審決の審決取消訴訟で争われた事案として、他に「令和 元年 (行ケ) 10125号 審決取消請求事件」があります。
こちらは、位置商標である出願商標が、「商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標」であるとして第3条1項3号に該当し、第3条2項には該当しないと判断され、請求棄却判決となっています。

 

 

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