【担当:弁理士 浅野令子】
「ABCカイロプラクティック」商標権侵害差止請求事件
東京地裁平成31年4月10日 平成30(ワ)11204
判決文PDF
(全文)http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/659/088659_hanrei.pdf
1.事案の概要
(1)事実関係
①原告商標:ABCカイロプラクティック(標準文字)
登録番号:5995186号
出願日:平成29年3月21日
登録日:平成29年11月10日
指定役務:第44類 あん摩・マッサージ・指圧・整体の施術・カイロプラクティック・きゅう・柔道整復・はり,整体の施術・カイロプラクティックについての情報の提供,インターネットを用いて行うあん摩・マッサージ・指圧・整 体の施術・カイロプラクティック・きゅう・柔道整復・はりに関する相談及び診断,栄養の指導
②被告各標章
③引用商標:ABC(標準文字)
登録番号:5877163号
出願日 :平成28年6月7日
登録日 :平成28年8月26日
指定役務:第44類 美容,理容,入浴施設の提供,あん摩・マッサージ及び指圧,カイロプラクティック,きゅう,柔道整復,はり,栄養の指導,動物の飼育,
動物の治療,動物の美容,美容院用又は理髪店用の機械器具の貸与
(2)概要
原告は,原告商標の商標権者である。
被告は,原告商標の指定役務に含まれる役務を提供している。
原告は,被告による整体院のウェブサイト,看板,施術着に被告各標章を使用する行為が原告の商標権を侵害すると主張して,本件訴訟を提起した。
2.主要な争点
(1) 原告商標と被告各標章の類否
(2) 商標法4条1項11号に該当することを理由とする無効の抗弁の成否
(3) 商標法4条1項16号に該当することを理由とする無効の抗弁の成否
(4) 商標法4条1項10号に該当することを理由とする無効の抗弁の成否
(5) 先使用権の有無
3.裁判所の判断
裁判所は,4条1項11号の該当性についてのみ判断しています。
(1)結合商標の類否については,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるものと解されます(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
(2)本件訴訟では,上記基準に則り,原告商標を「ABC」と「カイロプラクティック」との結合商標と認定し,「カイロプラクティック」は「脊椎調整療法」といった意味を有する一般的,普遍的な文字であって,取引者,需要者に強い印象を与えるものではないため,原告商標の指定役務との関係で「カイロプラクティック」からは出所識別標識としての称呼,観念が生じないと判断されました。
他方,「ABC」は,「カイロプラクティック」と不可分的に結合しているのものではなく,アルファベットの最初の三文字として,「初歩。基本。いろは。」などの観念も生じる語として需要者に馴染みがある上,役務の内容を具体的に表すものではないと認定されました。
これらのことから「ABC」は,原告商標の指定役務に係る取引者,需要者に対し,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるとして,原告商標の要部は「ABC」の部分であり,この部分のみを抽出して引用商標と比較して商標の類否を判断することが許されるとして,分離観察による類否判断がなされました。
(3)そして,原告商標の要部「ABC」と引用商標「ABC」を対比し,『その外観,観念及び称呼がいずれも同一であり,整体院等の店舗における 役務の提供に当たり使用されるという実情を踏まえても,原告商標と引用 商標とが同一又は類似の役務に使用された場合に,役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるということができる。』として,原告商標と引用商標の類似性を肯定しています。
原告商標の指定役務は,引用商標の指定役務と同一又は類似であることには争いがなかったため,原告商標は4条1項11号に該当し,商標登録無効審判により無効にされるべきものと認められるとして,権利行使が制限されました。
(4)原告は,「ABC」の部分のみでは役務の出所識別標識としての機能を有さず,原告商標「ABCカイロプラクティック」は一連一体で初めて出所識別機能を有するものであると主張していましたが,裁判所は上記の通り,「ABC」の部分に出所識別標識としての機能を認め,原告の主張を退けています。
4.実務上の指針
本事案のように,指定商品・役務との関係で識別力の弱い語との結合商標は,分離観察される可能性があります。
侵害訴訟において,商標登録が無効理由を有すると認められるときは,商標権者の権利行使が制限されます(商標法39条で準用する特許法104条の3)。
商標登録の目的の一つとして,他人に似ている商標を使われないようにすることが挙げられますが,ギリギリのラインで登録になったようなケースでは,商標登録の目的が達せられないおそれがあります。
また,近い先行商標を回避するために,他の語と組み合わせるなど工夫して出願し,なんとか登録させた商標には,上記した権利行使が制限されるリスクの他,先行商標と類似するとして登録が無効になるリスクがあることに留意しておくべきです。
商標を苦労の末に登録させたとしても,「他人の使用を止めさせたい」というときに効力が発揮できない状況となるのであれば,その商標をそもそも採択すべきでなかったというケースもあるかもしれません。
出願前に登録可能性が低そうであるとの見込みであれば,登録にならないリスク,登録になったとしてもその後権利行使が制限されるリスクを考慮して,ネーミングを再考した方が望ましい場合があると言えるでしょう。
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