昨年(2020年)の4月に意匠法が大改正され、知財業界では大きな話題となりました。
この改正で、新しく「建築物(不動産)」「画像(物品に付属しない画像。ウェブサイトの画像等含む)」が保護対象に含まれることになったことは、多くの方がご存じだと思います。
それまでは、『「意匠」とは「物品」の形状等である』という基本的な考え方が強固に続き、量産可能な動産でない不動産は「物品」でなく、「物品」に付属しない画像は保護対象とならない、という理由から、「建築物(不動産)」「画像(物品に付属しない画像)」は意匠登録できないものとされていました。
それが改正で「保護対象になったよー」となり、いわば、基本的な考えに穴を開けたことになるので、知財業界では大騒ぎ。
どれくらいの出願があったかというと、2020年10月1日時点の出願数は
画像: 450件
建築物: 204件
https://www.jpo.go.jp/system/design/gaiyo/seidogaiyo/document/isyou_kaisei_2019/shutsugan-jokyo.pdf
(※「内装」については、これまでも「椅子」「机」「壁材」「天井材」等単体で保護対象となっていたものを、組合せて1つの意匠として保護できるようになったという、いわば手続の制度変更です。)
実際の登録例を見ると…
建築物:https://www.meti.go.jp/press/2020/11/20201102003/20201102003.html
画像:
…
案の定といういか、想定のとおりというか、権利者は、知財に詳しそうな企業さん -大企業さんが多い- なんですよね…
「建築物(不動産)」「画像(物品に付属しない画像)」が意匠の保護対象となったことで、いままでと比べものにならないくらいに、意匠を気にしなければならない関係者の数が爆発的に増え、影響が及ぶ範囲が格段に広がったと思いますが、それを知って騒いでいるのは、知財に詳しい方と、デザイン業界のごく一部の方だけではないのか…
ということで、今回は、
「建築物(不動産)」について、
意匠を気にしなければならない関係者のカンブリア爆発
をテーマに書いてみたいと思います。
(「画像(物品に付属しない画像)」も同じテーマで要注意ですが、長くなるので次回に。)
建築物の建設に関わる主体としては、「設計者」「製造者」「施主」があります。
これら主体の観点から、改正前と改正後でどう変わったかをみたいと思います。
ちなみに、意匠登録する/しないに拘わらず、主体として気を付けるべき観点でみていくつもりです。特にいままで意匠登録にあまり関係がなかったような業種の中小企業さんでも、無関心ではいられないかも、なので要注意です。
◆改正前
改正前は、量産可能な動産しか保護対象でありませんでした。このカテゴリーでは、プレハブ系家屋が意匠登録されることが多いです(物品名としては「組立家屋」等)。
プレハブ系家屋の「設計者」「製造者」は、主としてハウスメーカーさんが兼ねていることが多いと思います。
「設計者」としての「設計」行為自体は意匠権の侵害行為にならないものの、「製造者」としての「製造」行為は意匠権の侵害行為に該当する可能性があります。
そして、侵害行為に該当すると、製造禁止や損害賠償請求される可能性もあります。
そんなことになるとたまらんですので、各ハウスメーカーさんは設計段階から意匠権を調査されていることが一般的だと思います。
一方、「施主」さんは、個人使用の住宅として家屋を購入するパターンが多く、個人使用の場合は知財権の侵害行為とはなりません。
(ただし、他人が意匠登録した家屋デザインを気に入って、似たようなデザインの家屋を、工務店や建設会社等の「製造者」に建築依頼すると、工務店や建設会社等が意匠権侵害してしまうことになり、大変迷惑です。また、そのような家屋がSNS等で「パクリ」として晒されるリスクもありますね…。なので、安易に、他人のデザインに似た家屋を建築依頼することは控えるのが賢明ですね。改正前は「組立家屋」等(量産可能な動産)の範囲でしか問題になりませんでしたが、改正後は不動産にまで範囲が広がりますので、さらに要注意です)。
※おりしも「組立家屋」の意匠登録で日本で初めて意匠権侵害が認められた東京地裁判決が出ました。建設会社さんに対し、製造禁止等や損害賠償請求が認められています。改正前に提起された訴訟ですが、意匠法改正の機運も関係してそうです。
意匠権者さんのプレスリリース:
https://ssl4.eir-parts.net/doc/7837/announcement1/64804/00.pdf
◆改正後
さて、改正後は、量産可能な動産(「組立家屋」等)に加えて、『土地に定着した人工構造物(土木構造物を含む)』 -不動産- としての建築物も保護対象となりました。例として、住宅、オフィスビル、商業施設等のほか、橋梁、競技場、電波塔なども含まれます。
不動産の場合、「設計者」は設計事務所、「製造者」は建設会社、といったように、別になっているケースも多いと思います。
上記のとおり、「設計者」としての「設計」行為それ自体は意匠権の侵害行為にならんですが、「製造者」としての「製造」行為は意匠権の侵害行為に該当する可能性があるので、建設会社さんは要注意です(誰が「設計」したかに拘わりません。上記のとおり「施主」さんから”気に入ったデザイン”を持ち込まれたときも要注意です)。
侵害行為に該当すると判断されると、上記のとおり、製造禁止・損害賠償請求といった、えらいことになりかねません。なので、事前の意匠調査が大切になります。
では、「設計者」たる設計事務所さんは意匠に関して気にしなくていいのかというと、そんなことはなくて、意匠権侵害するようなデザインを建設会社や施主さんに渡したら”大”責任問題です。
なので、やはり、事前の意匠調査が大切なことには変わりありません。
※ちなみに、「組立家屋」と「建築物」は基本的に類似の関係にあるので、両方の範囲での調査が必要です。改正前は「組立家屋」等(量産可能な動産)の範囲でしか意匠権侵害が問題になり得なかったのが、改正後は両方の範囲で問題になり得ることになりました。
一方、「施主」さんはどうでしょう。
個人使用の住宅の「施主」さんの場合は、上記のとおり、基本的に、意匠権の侵害行為を行うことはありません。
ですが、(プレハブ系家屋とは異なり)建築物の「施主」さんは、事業主さんも多いですよね(行政機関含む)。
(※上で紹介した建築物の登録例も、「施主」さんが権利者です。権利者になり得るということは、侵害者にもなり得るポジションということです。)
事業主さんが「業として」建築物を使用すると、侵害行為に該当する可能性が出てきます。
やっかいなのは、事業主さんの侵害行為に対しては、最悪のケースで、建築物の使用禁止や廃棄(取り壊し)の請求も、法的に可能ということです。また、損害賠償請求も可能で、使う期間伸びるほど額が大きくなります。
そして、「施主」としてなら、どの業種でも関係する可能性がありますよね。
これが、ここが、いままでと大きく異なるポイントだと思います。
つまり、、、
意匠を気にしなければならない関係者のカンブリア爆発
と考えるゆえんです。
(ちなみに、いままでも、特許では、「設計者」「製造者」「施主」の関係で上記のような問題が発生し得たと思いますが、特許は工法や構造などの技術に関する権利のため、伝統的かつ汎用的な技術のみで建設する限りは問題になるケースは多くなかったと思います。一方、意匠は外観デザインに関する権利のため、いままで問題なかった方々にも影響が及ぶ可能性があると思います。)
以上を考慮すると、
・「設計者」「製造者」「施主」の間で交わす契約にも、知財に関する条項を入れることのご一考を。
ご不明な点があったら、是非とも我々弁理士や、知財を得意とする弁護士さんにご相談ください!
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