意匠判例紹介(「新規性喪失の例外の適用を受けるための証明書」に関する事件)

 

初めまして。あいぎ特許事務所 意匠商標部の上田と申します。

あいぎ特許事務所意匠商標部メンバーとして「名古屋の商標亭と意匠亭」に初めて投稿します。

長年、「名古屋の商標亭と意匠亭」を読んではおりましたが、書く立場になる日が来るとは思っていませんでした。たどたどしいところが多々あるかとは思いますが、以後、よろしくお願いいたします。

 

手始めに、意匠の判例(拒絶査定不服審判不成立に対する審決取消請求事件)を紹介します。

<令和5年12月25日判決 令和5年(行ケ)第10071号 審決取消請求事件>

判決文
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/646/092646_hanrei.pdf

■キーワード
新規性喪失の例外、新規性喪失の例外の適用を受けるための証明書

■事案の概要

原告Xは、令和3年(2021年)9月3日、新規性喪失の例外の適用を申請しつつ意匠登録出願(以下、「本願」という。)をしたが、拒絶査定を受けた。

これに対しXは、令和4年(2022年)8月22日、拒絶査定不服審判の請求をしたが、本願意匠は引用意匠に類似し、かつ、新規性喪失の例外の適用を受けるための証明書(以下、「本件証明書」という。)に記載された意匠(以下、「証明書記載意匠」という。)と引用意匠は同一の意匠とは認められず、引用意匠は、本願意匠の新規性の判断材料から除外されるべきものではないため、本願意匠は新規性の要件を満たさず、意匠登録を受けることはできないとして、請求は認められなかった。

本裁判は、上記審決の取消請求事件である。
本裁判で、原告Xは、本件証明書に記載されている証明書記載意匠と引用意匠は実質同一の意匠であると主張した。

         出願意匠

「新規性喪失の例外の適用を受けるための証明書」に記載された意匠

 引用意匠

なお、本願意匠は、令和3年(2021年)9月3日に出願されたものであり、令和6年1月1日に施行された、「新規性喪失の例外」の手続の要件緩和より前に出願されたものである。

 

■裁判所の判断

 証明書記載意匠と引用意匠とは、(中略)少なくとも正面視において、正面側のスタッズの個数及び配置態様の点で相違点を有し、かかる相違点は、物品の性質や機能に照らして実質的にみて同一であると十分理解できる範囲内のものであると認められる場合とはいえないから、同一の意匠とはいえない。

と判断された。

また、原告Xの
「両意匠の共通点の形状が特徴的なものであって、需要者に強い印象を与えているため、正面側のスタッズの個数及び配置態様の相違点の印象は共通点に比べて薄いものにならざるを得ないから、需要者は、スタッズがバッグの正面側の態様に関わるものであっても、両意匠の相違点からスタッズの個数や配置を明確に認識するよりも、両意匠からいずれも大雑把な「複数個のスタッズが並んでいる」程度の印象を持つと考えるのが自然であり、両意匠の相違点から需要者が受ける印象は異なるものではないから、両意匠は実質同一といえるものであって、同一の意匠である」
との主張に対しては、

 …意匠法4条3項は、同法3条1項の例外として、同法4条2項の新規性喪失の例外の適用を受けるための特別の要件として規定されているものであって、原則として意匠登録出願前に意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して公開される意匠ごとに同意匠に係る証明書を提出すべきであり、それゆえ、証明書に記載される意匠と引用意匠は同一でなければならないと解される。もっとも、証明書に記載される意匠と引用意匠との間に僅少な相違があるにすぎない場合にも同一性を欠くとすることは相当ではなく、また、意匠登録出願者の手続的負担も考慮すると、証明書に記載された意匠と引用意匠の相違点が、物品の性質や機能に照らして実質的にみて同一であると十分理解できる範囲内のものであると認められる場合には、証明書に記載された意匠と引用意匠はなお同一であると認められると判断するのが相当である。」
両意匠の相違点である正面側のスタッズの個数及び配置態様の点は、物品の形状等による美観に影響を及ぼす相違点といえることから、証明書に記載された意匠と引用意匠の相違点が物品の性質や機能に照らして実質的にみて同一であると十分理解できる範囲内のものであると認められる場合とはいえない。
したがって、上記判断に反する原告の主張は採用できない。

そうすると、引用意匠については、意匠法4条3項所定の証明書が提出されていないことに帰するから、原告は引用意匠について同条2項の適用を受けることはできない。
よって、本件審決が引用意匠について意匠法4条2項の新規性喪失の例外の適用を認めなかった点に誤りがあるとは認められない。

とされて、請求は却下された。

■コメント

本件出願は、上記したように、本願意匠は、令和3年(2021年)9月3日に出願されたものであり、令和6年1月1日に施行された、「新規性喪失の例外の手続の要件緩和」より前に出願されたものだったため、公開された意匠ごとに証明書を提出すべきものでした。

令和6年1月1日の要件緩和後は、最先の公開日に公開した意匠の証明書を提出すれば、その日以後の同一又は類似の意匠の公開についての証明は不要になりました。

本裁判では、引用意匠が、証明書記載意匠と実質的同一ではないと判断されているのみで、証明書記載意匠と類似するかどうかについてのは判断されていませんが、仮に本願が令和6年1月1日以後の出願であって、引用意匠が証明書記載意匠と類似するものであったとしたら、登録査定が下りていたいた事案と思われます。

しかしながら、最先の公開日に公開した意匠(以下、「最先公開意匠」といいます。)と、その日以後かつ出願前に公開された、最先公開意匠とはちょっとデザインが異なる意匠とが相互に類似するかどうかの判断は難しいところです。

このため、要件が緩和された今後も、最先公開意匠と出願意匠が同一といえない場合は、慎重を期すために、最先の公開日と出願日の間に公開されたもの、特に、最先公開意匠よりは出願意匠に近いようなものは証明書に記載すべきと思われます。

今回、引用意匠の公開日は「2021年8月31日」と、出願日の「令和3年(2021年)9月3日」の3日前だったようなので、証明書を提出する前に再度、出願日前の公開について出願人に確認した方がよいことも、肝に銘じたい点です。

また、この事件の場合、本件証明書に記載された意匠(既に公開済みであるとしてお客さんが出してきた意匠)と出願意匠が同一でないと気付いた時点で、出願時に、スタッズなど、公開済み意匠と異なる部分については、登録を受けようとする部分から除外することもできたのではないか…

など、色々な戒めを含んだ事案だと考えます。

それにしても、判決文の、「証明書に記載される意匠と引用意匠は同一でなければならない」という言い方、ちょっと言葉足らずですね。いや、予め、引用されるかどうかわからない意匠と同一になんてできないよ、とか、同一だった時点で引用されないよ、とか言いたくなる…

「引用意匠が本願意匠の新規性の判断資料から除外されるためには、証明書に記載される意匠と引用意匠は同一でなければならない」と言いたかったんですね。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

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