「大勝軒」事件:「黙示の合意」のハードルが上がった!?

令和7年2月13日判決 令和6年(行ケ)第10071号
不使用取消不成立審決に対する審決取消請求事件

■判決文
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/792/093792_hanrei.pdf

■本件商標
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/TR/JP-1992-273426/40/ja

■当事者
原告:X
被告:Y 本件商標の商標権者。下記の人形町大勝軒からのれん分けを受け、大正13年頃から中華料理店「大勝軒」を営む株式会社であったが、令和元年に株主総会の決議により解散し、同時期に中華料理店も閉店した。

訴外の関係者

人形町大勝軒:大正2年に「大勝軒」の屋号で東京都中央区人形町に開店した中華料理店。昭和63年に喫茶店に転向したが、令和2年に閉店。

浅草橋大勝軒:被告と同様、人形町大勝軒からのれん分けを受けた、「大勝軒」を屋号とする中華料理店であり、被告とは兄弟店の関係。

事案の概要

原告Xは本件商標に対し不使用取消審判を請求したが、次の理由により、請求は不成立とされた。

(1) 浅草橋大勝軒の店舗入口には、「大勝軒」の文字を横書きしてなる商標を表示したのれんが掛けられている。

(2) 関係者の陳述書等によれば、本件商標権者(被告Y)は、「人形町系大勝軒」と称する師弟関係に基づく店舗グループの中で、本店「人形町大勝軒」に代わり、本件商標の商標管理をする立場にあったという状況を見て取ることができ、当該店舗グループに属する浅草橋大勝軒と被告との間には、本件商標をその指定役務について使用することについて黙示の合意(又は口頭での明示の合意)があったと推認できる。浅草橋大勝軒は本件商標の通常使用権者と認められる。

(3) 以上によれば、本件商標の通常使用権者である浅草橋大勝軒は、その店舗において、本件要証期間中に継続して、本件商標と社会通念上同一の商標をその指定役務「中華料理の提供」について使用していたといえる…。

この審決を不服として、Xが本件訴訟を提起した。

争点及び結論

本件で争点となったのは、審決における「浅草橋大勝軒は本件商標の通常使用権者と認められる」との認定が正しかったかどうか、であったが、「『黙示の合意』の成立は認められず、浅草橋大勝軒は通常実施権者とは認められないから審決を取り消す」、との判断となった。

裁判所の判断

第4-2 取消事由(「通常使用権者」の認定の誤り)について

(2) まず、この点に関する前提として、商標権者が第三者に登録商標と同一の商標の使用を容認する態度を示していたとしても、それをもって無償の通常使用権の設定合意(黙示の合意)が成立したなどとたやすく認めるべきではない

ア すなわち、通常使用権は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利であり(商標法31条2項)、商標権者の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合には、移転することができ(同条3項)、登録を受ければ、その商標権若しくは専用使用権又はその商標権についての専用使用権をその後に取得した者に対して、その効力を対抗することができるものである(同条4項)。こうした通常使用権の権利性に鑑みれば、通常使用権設定の黙示の合意が成立したというためには、単なる「黙認」にとどまらない、「権利の付与」に向けた明確かつ積極的な意思を客観的に確認できる必要があるというべきである

イ 以上を踏まえて検討するに、平成8年1月頃、D(原告Xの代表者)と A(浅草橋大勝軒代表者)との間で、上記のようなやり取りがあったことは認められるものの、このとき、Dは、商標法上の通常使用権の設定契約を締結する必要性についても、通常使用権の意味についても、あまり理解しておらず、したがって、「通常使用権」という用語も口にせず、有償・無償の別を含め、使用料の取決めについても一切話題に上らなかったのであり、Aにおいても、口頭で聞いた限度で理解、了承したが、その法的な意味等について特段意識することはなかったのである。

本件審決は、被告Yと浅草橋大勝軒との間の専用使用権設定合意を認定できる根拠として、Yがグループ店舗の本店(人形町大勝軒)に代わり本件商標の商標管理をする立場にあったことを挙げているが、「人形町系大勝軒」といわれるグループ店舗は十数店もある中で、Yが本件商標登録取得後、…「大勝軒」の屋号の継続使用に関する話をしたのは、特に近しい関係にあった浅草橋大勝軒と本町店の2店だけだったのであり、被告が「グループ店舗の本店(人形町大勝軒)に代わり本件商標の商標管理をする立場」にあったとは考え難い
以上のとおり、本件において、被告が通常使用権という権利の付与に向けた明確かつ積極的な意思を示したといえるような客観的な事実は見当たらない。 DとAの上記の口頭のやり取りをもって、本件商標の通常使用権の設定合意が成立したと考えることはできない。

ウ ところで、法律の専門家でない一般人が「通常使用権」なる法律用語を知らなかったとしても、その内容に沿う効果意思を持って相手方との意思の合致に至ったと認められるのであれば、通常使用権設定の合意(口頭の合意)の成立を認めることに妨げはないが、本件は、そのような場合と異なる。すなわち、Dは、代表者尋問中で、被告が本件商標登録を得た後も浅草橋大勝軒が「大勝軒」の屋号を継続使用できるという認識であったと供述しており(本人調書12~13頁)、Aとの間で平成8年1月頃本件商標に関する話をした目的が、「本件商標を使用することのできる権利の創設的な設定」にあったわけではなく、そのような効果意思を有していなかったことは明らかである。

コメント

「うちが商標登録しましたけど、あんたとこには今まで通り『大勝軒』の屋号を使ってまっても差し支えないですよ(名古屋弁ではこうなる)」との口頭での許諾のみでは、通常使用権設定の合意をしたことにはならず、「(商標権者が)通常使用権という権利の付与に向けた明確かつ積極的な意思を示したといえるような客観的な事実が必要」、との判断となりました。

不使用取消審判では、商標の使用者による使用に対し、商標権者の「黙示の合意」があったものと認定される事件はよく聞くので、一見、厳しい判断だな、今後の審判決にも影響があるのではないか?との印象を受けましたが、まだ未熟者の私、過去の審決はどうだったのか、と、もうすぐサービス終了してしまうアスタミューゼさんの「商標審決データベース」を使い、過去10年間に不使用取消審判で「黙示の合意」が言及された審決をピックアップしてみました。

すると、直接、商標権の使用許諾についてのものではないものの、商標権者と商標の使用者との間に、営業に関する何らかの契約書が存在した( 取消2013-300549)、商標権者と商標使用者がグループ会社であった(取消2017-300320)、商標権者と商標使用者との代表者が同じであった(取消2008-300685)等の場合において、商標権者と商標の使用者間に黙示の合意が認められた事件が見つかりましたが、本件のように、同じ店を総本家とする兄弟関係であるのみで、客観的に資本的、組織的または人的な関係が認められない当事者同士の間での黙示の合意が問題となっている事件はありませんでした。

とすると、商標権者である被告と、商標の使用者である浅草橋大勝軒は、昔からののれん分け制度により、同じ店を総本家とする兄弟関係ではありますが、それだけで、資本的、組織的または人的な関係がないのであれば、他人と同じであり、そうであれば、商標の使用者の使用が、使用権者の使用と認められるためには、商標権者と使用者との間に、使用権許諾契約が成立しているか、口頭で許諾した場合は、それ以外に、契約に相当する客観的な証拠が必要である、ということを、本判決は言いたいのではないか?つまりは、商標使用者と商標権者の間に、資本的、組織的または人的な関係が認められる場合については、「黙示の合意」の認定のハードルが上がった、ってわけでもない、のではないか?…というのが感想です。そういえば、「のれん分け」が関係する商標の裁判、結構あるような…

ところで、愛知県在住者の私は知りませんでしたが、東京やその近郊には、「大勝軒」の屋号を使用する中華料理店やラーメン店が相当数あるそうです。判決内にそう書いてありました。しかも、その中に、来歴の全く異なるグループがいくつかあるそうです。本件の商標権者は、他のグループの使用にも一切権利行使等することなく、それらの店舗が何十年も平和に併存してきたんだな…今後、原告が「大勝軒」の商標権を取得すると、その状況が変わる可能性もありますね。

(ちなみに、愛知県や岐阜県にも、原告の系列店?はいくつかあるようです。)

 

<担当:上田>

 

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