【担当:弁理士 浅野令子】
「関西国際学友会」不使用取消事件
知財高判平成30年8月23日(平成30年(行ケ)第10037号) 審決取消請求事件
判決文PDF
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/959/087959_hanrei.pdf
1.争点
(1) 本件商標「関西国際学友会」と使用商標「旧 関西国際学友会日本語学校」は社会通念上同一の商標か(取消事由1)
(2) 旧称としての使用が、商標法第50条第1項の「使用」に当たるか(取消事由2)
2.事案の概要
(1) 経緯
① 本件商標
登録番号: 登録第4829390号
出願日: 平成16年3月29日
登録日: 平成17年1月7日
商標権者: 独立行政法人日本学生支援機構
本件登録商標:
(指定役務)
第41類 技芸・スポーツ又は知識の教授,語学の教授 等
② 原審
事件番号: 取消2016-300635
請求人: 学校法人国際学友会
被請求人: 独立行政法人日本学生支援機構
審判請求日: 平成28年9月14日
審決内容: 請求棄却
③ 本件訴訟
事件番号: 平成30年(行ケ)第10037号
原告: 学校法人国際学友会
被告: 独立行政法人日本学生支援機構
判決日: 平成30年8月23日
判決内容: 請求棄却
(2) 概要
原告は、被告が所有する本件商標「関西国際学友会」の指定役務の一部(技芸・スポーツ又は知識の教授,語学の教授等)についての不使用を理由として、商標法第50条第1項に基づく不使用取消審判を請求しましたが、請求棄却審決がなされました(原審)。この審決の取り消しを求め、原告は知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起しました(本件訴訟)。
裁判所は、「旧 関西国際学友会日本語学校」の使用を、本件商標「関西国際学友会」と社会通念上同一の商標の使用であるとして、商標法第50条の規定により取り消すことができないとの判断を示しました。
3.本件商標と使用商標は社会通念上同一の商標か(取消事由1)
(1) 社会通念上同一の商標
商標法第50条第1項では、継続して3年以上日本国内において、商標権者等が指定商品・役務について登録商標の使用をしていないときは、その指定商品・役務に係る商標登録を取り消す審判請求をすることができる旨が規定されています。
商標法第50条第1項における「登録商標」には、登録商標と「社会通念上同一と認められる商標を含む」とされています。
本件訴訟では、使用商標「旧 関西国際学友会日本語学校」が、本件商標「関西国際学友会」と「社会通念上同一と認められる商標」に該当するのかが争点となりました。
(2) 使用商標の態様
① 被告のウェブサイトの記載について
「大阪日本語教育センター概要-JASSO」とのヘッダーが付されたウェブページにおいて,上部に「独立行政法人」,その下に,より大きく「日本学生支援機構」が,更にその数行下に,上記各文字部分の中間の大きさで「大阪日本語教育センター(旧 関西国際学友会日本語学校)」(なお,「旧」と「関西国際学友会日本語学校」との間の空白は半角である。)がそれぞれ記載され,その下の「大阪日本語教育センターの特徴」の項に,●日本語の授業と,進学に必要な基礎科目(数学,物理,化学,日本事情等)の授業があります」,「●定員17人以下の少人数クラスで,週5日毎日約6時間,授業があり」,「●日本の大学入学資格が得られます」との記載がされている。(判決文より引用)
② 被告のパンフレットの記載について
表紙の上部に,上から順に,徐々に大きく「独立行政法人」,「日本学生支援機構」,「大阪日本語教育センター」が,その下に,やや小さく「(旧 関西国際学友会日本語学校)」が,更にその下に,「・入学のご案内・」がそれぞれ記載されている。
また,5頁目の上部に,「大学等への進学を目的とした進学準備教育を実施。」,その下に「進学課程 日本語,基礎科目ともに必須」,「日本の大学や大学院等へ進学する外国人留学生を対象に,日本語ならびに日本語による基礎科目の授業を行います。」,「基礎科目の授業」,「●文化系…英語,数学,地理歴史・公民」,「●理科系…英語,数学,物理・化学あるいは生物」,「●大学院進学…英語,専門日本語」が記載されている。(判決文より引用)
(3) 裁判所の判断
原告は,「旧」の文字が他の文字と組み合わされたときには,観念上強い一体性を有することになるから,「旧」と組み合わされた他の文字とを切り離して観察することはできないと主張する。
確かに,原告が例として挙げた「旧石器時代」,「旧型」などの語のように,「旧」と他の文字とが組み合わさることによって,一つの新たな語となったり,他の文字部分のみからなる語とは異なる意味を有する語となったりする場合があるのは,原告が主張するとおりである。しかし,使用商標においては,上記(2)において説示したとおり,「旧」と「関西国際学友会日本語学校」とは,空白によって明確に分離されていることからすると,これに接した需要者は,通常,「旧」の後に続く「関西国際学友会日本語学校」がかつての名称,すなわち旧称であることを示すものと理解するというべきであるから,本件において,「旧」と「関西国際学友会日本語学校」とを一体のものとして理解しなければならないとはいえない。(判決文より引用、傍線は筆者による)
原告は,「関西国際学友会」と「関西国際学友会日本語学校」とは別個の異なる観念を生じさせるものであるところ,使用商標においては全体を括弧で囲んで表示されていることからも,「日本語学校」の文字部分を切り離して観察することはできないと主張する。
・・・しかし,本件においては,使用商標中,どの部分が出所を表示する機能を有するかが問題となるところ,「日本語学校」は,日本語を教授する教育機関を意味する一般的名称であって,需要者は,当該部分が出所を表示する機能を有するものであるとは考えないと認められる上,「関西国際学友会日本語学校」が有する意味も,「関西国際学友会」が運営する「日本語学校」というものであるから,「関西国際学友会日本語学校」につき,その全体において出所表示機能を発揮していると解する余地があるとしても,「関西国際学友会」の部分のみにおいても,出所表示機能を発揮すると認めるのが相当である。(判決文より引用、傍線は筆者による)
上記のとおり、原告は使用商標「旧 関西国際学友会日本語学校」のうち「関西国際学友会」の部分のみを分離抽出することはできない旨主張していました。
しかし裁判所は、「旧」と「関西国際学友会日本語学校」とは,空白によって明確に分離されていることと、「日本語学校」は教育の分野において日本語を教授する教育機関又は施設を意味する一般的名称であることから、「関西国際学友会」の部分が出所表示機能を発揮していると認定しました。
そうすると、使用商標において出所表示機能を発揮する「関西国際学友会」の部分が本件商標と同一になることから、本件商標「関西国際学友会」と使用商標「旧 関西国際学友会日本語学校」は社会通念上同一の商標であると判断しました。
4.旧称としての使用が、第50条第1項の「使用」に当たるか(取消事由2)
(1) 原告の主張
本件ウェブサイト及び本件パンフレットの各記載においては,「日本学生支援機構」や「大阪日本語教育センター」の各文字部分が出所表示機能を発揮する使用態様となっている一方で,「(旧 関西国際学友会日本語学校)」の文字部分は,取消請求の対象となった役務との関係で,単に現在使用している商標が過去にどのような名称であったかを説明しているものにすぎず,出所表示機能を発揮する態様で用いられていないから,商標法50条1項が定める「使用」に当たらない。(判決文より引用、傍線は筆者による)
(2) 裁判所の判断
使用商標は,本件ウェブサイト及び本件パンフレットにおいて,「大阪日本語教育センター」の直後又は直下に括弧書きで続けて記載されているからすると,これに接した需要者は,大阪日本語教育センターの旧称が関西国際学友会日本語学校であると理解するといえる。
そうすると,需要者は,本件ウェブサイト及び本件パンフレットに記載されている役務が,その旧称を「関西国際学友会日本語学校」とする主体によって提供されるものであると認識するといえるから,使用商標は出所表示機能を発揮する態様で使用されていると認めるのが相当である。
したがって,本件ウェブサイト及び本件パンフレットにおける使用商標の記載は,商標法50条1項が定める「使用」に当たると認められるから、原告が主張する取消事由2は理由がない。(判決文より引用、傍線は筆者による)
上記のとおり、裁判所は、旧称としての使用を単なる説明とは捉えず、役務の提供主体がその旧称を「関西国際学友会日本語学校」とするものであると需要者が認識するといえるとして,出所表示機能を発揮する態様の使用に該当するとの判断を示しました。
5.実務への提言
本件訴訟では、本件商標と社会通念上同一と認められる商標が、出所表示機能を発揮する態様で使用されているとして、旧称としての使用態様を使用実績として認める判断がなされました。
本件のように、旧称として商標を使用する場合は、以下のように注意すべき点があるのではないでしょうか。
まずは、権利者側の立場で考えてみると、本判決を受けて、「『旧 〇〇』と表示した場合であっても、商標『〇〇』の使用実績となる」と一律に考えるのは早計に過ぎると思われます。
本判決では、使用商標「旧 関西国際学友会日本語学校」は出所表示機能を発揮する態様で使用されていると認められました。この判断には、本件商標が学校の名称として使われていたことも影響しているものと考えられます。
いずれの分野であっても、名称を変更した後しばらくの間は、旧称の時代のことを良く知っている人が多く存在するものですが、その旧称の持つ信用、出所表示機能が失われずに維持されるか否かは、分野によって差があるのではないでしょうか。
特に学校は、旧称の時代のことを良く知る人(卒業生など)にとっては、名称を変更した後も、旧称が出所表示の最たるものであり続けると思われ、その意味では旧称の出所表示機能が高いと言えます。このような事情が、「出所表示機能を発揮する態様で使用されている」との評価に繋がったように思われます。
その他、旧称の出所表示機能が高い分野には、銀行なども該当するかもしれません。
一方で、本件訴訟のように、旧称としての使用であっても、出所表示機能を発揮する態様での使用であると判断されるとすると、次のような場面で問題になる可能性があります。
例えば、ある企業がその名称を変更し、変更前の名称について所有していた商標権を放棄したとします。その後、権利放棄した商標について、同じ商品・役務分野で、他の企業が商標権を取得してしまいました。
この場合、名称を変更した企業が、新しい名称の横に(旧 ○○)のように表示すると、旧称としての使用も商標の使用であると考えれば、他社商標権の侵害になるおそれがある、ということになります。
このように考えると、名称変更前の商標権を放棄することにはリスクが伴います。もし権利を放棄するのであれば、上記の(旧 ○○)のような旧称としての使用も控えた方がよいでしょう。
いずれにしましても、旧称としての使用が使用実績として認められるかはケースバイケースであると言えるでしょう。商標法第50条の趣旨に基づき、商標の持つ保護すべき信用、出所表示機能が失われずに維持されているといえる使用態様であるのか、という視点で判断していく必要があると考えられます。
(参考)
〇本件訴訟の原告・被告が、登録商標「国際学友会日本語学校」(登録第4844117号)についても同様に争った事件である平成30年(行ケ)第10038号(原審:取消2016-300636)においても、裁判所は同様の判断を示しています。
〇また、原告が出願していた商標「国際学友会」は、被告の本件商標の指定役務と非類似の役務について登録になっています(登録第6116735号)。
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