「携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器」事件

【担当:弁理士 浅野令子】

「携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器」不正競争行為差止請求控訴事件

平成31(ネ)10002
判決文PDF
(全文)http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/902/088902_hanrei.pdf

原判決:平成30(ワ)13381
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/259/088259_hanrei.pdf

1.事案の概要

(1)概要



(判決文より引用)
①原告商品は,医療機関において,手術後の患者の体内等に残留した体液等を体外に排出するために用いられる医療機器としてのドレナージ吸引装置である,携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器「SBバック」のうちの排液ボトル及び吸引ボトルである。

控訴人(原審原告)は,昭和59年から,「SBバック」を製造し,販売している。
被控訴人(原審被告)は,平成30年1月頃から,被告商品を製造し,販売している。

②本件は,原告商品を販売する控訴人が,被控訴人による被告商品の販売行為に対し,控訴人の商品等表示として需要者の間に広く認識されている原告商品と類似する形態の商品を販売して,原告商品と混同を生じさせる行為に該当するとして,2条1項1号の不正競争に当たる旨を主張し,被告商品の譲渡等の差止等を求めた事案である。

③原判決は,原告商品の形態が控訴人の商品等表示として需要者の間に広く認識されていること,被告商品の形態が原告商品の形態と類似することは認められるが,被控訴人による被告商品の製造販売行為は,原告商品と「混同を生じさせる行為」に当たると認めることはできないから,同法2条1項1号の不正競争に当たると認められない旨判断して,控訴人の請求をいずれも棄却した。

④控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。
控訴人は,不正競争防止法2条1項1号の不正競争に当たる旨の主張に加え,原告商品の形態は控訴人の商品等表示として著名であるから,被控訴人による被告商品の販売は同項2号の不正競争に当たる旨の主張を新たに追加した。

2.主な争点

(1) 不正競争防止法2条1項1号の不正競争の成否(争点1)
ア 原告商品の形態が周知な商品等表示といえるか(争点1-1)
イ 原告商品の形態と被告商品の形態とは類似するか(争点1-2)
ウ 被告商品の販売は原告商品と「混同を生じさせる行為」に当たるか(争点1-3)

(2) 不正競争防止法2条1項2号の不正競争の成否(争点2)

3.裁判所の判断

裁判所は,不正競争防止法2条1項1号の不正競争の該当性についてのみ判断しています。

(1) 原告商品の形態が周知な商品等表示といえるか(争点1-1)

①商品等表示性
裁判所は,「主たる構成として2つの透明のボトルから構成される形態は,控訴人が昭和59年に「SBバック」として原告商品の販売を開始してから被控訴人が平成30年1月頃に被告商品の販売を開始するまでの間,『SBバック』以外の他の同種の商品には見られない形態であった」と認定し,「原告商品の形態は,控訴人が昭和59年に『SBバック』の販売を開始した当時から被告商品の販売が開始された平成30年1月頃の時点まで,他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有していたものと認められる」として,商品等表示性を肯定しました。

②周知性
裁判所は,「原告商品の形態は,控訴人によって『SBバック』の形態として約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより,少なくとも被告商品の販売が開始された平成30年1月頃の時点には,需要者である医療従事者の間において,特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに,原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていたものと認められる」と判断しました。

(2) 原告商品の形態と被告商品の形態とは類似するか(争点1-2)
裁判所は,「原告商品の形態と被告商品の形態は,主たる構成が共通し,排液ボトル及び吸引ボトルの具体的構成においても,多数の共通点を有し,しかも,排液ボトル及び吸引ボトルの寸法がほほ同一であることによれば,原告商品と被告商品は,同一の形態に近いといえるほど形態が極めて酷似し,原告商品の形態及び被告商品の形態に基づく印象が共通するものと認められる。」と判断して,原告商品の形態と被告商品の形態の類似性を肯定しました。

原告商品の形態と被告商品の形態は,商品名および会社名,商品名の記載位置,文字色,目盛等の色,セイフティーロック機構の有無等において相違していましたが,これらの相違は,原告商品及び被告商品を全体として見れば,細部の相違にすぎないものであると判断されています。

(3) 被告商品の販売は原告商品と「混同を生じさせる行為」に当たるか(争点1-3)

裁判所は,「原告商品の形態が,控訴人によって約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより,需要者である医療従事者の間において,特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに,原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていた状況下において,被控訴人によって原告商品の形態と極めて酷似する形態を有する被告商品の販売が開始されたものであり,しかも,両商品は,消耗品に属する医療機器であり,販売形態が共通していることに鑑みると,医療従事者が,医療機器カタログやオンラインショップに掲載された商品画像等を通じて原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には,商品の出所が同一であると誤認するおそれがあるものと認められるから,被控訴人による被告商品の販売は,原告商品と混同を生じさせる行為に該当する」と判断しました。

原判決では,原告商品及び被告商品の取引態様について,「医療機関が医療機器を採用するにあたっては,同種の医療機器については,一種類のみを採用するという原則的な取扱いであるいわゆる一増一減のルールが採用されている」ことを主な理由として,混同のおそれが否定されていました。

この点について,本件控訴では,「小規模の医療機関においては,そもそも『一増一減ルール』が採用されていない場合があり,また,『一増一減ルール』を採用している医療機関においても,徹底されずに,医師の治療方針から特定の医師が別の医療機器を指定して使用したり,新規の医療機器が採用された後も旧医療機器が併存する期間があるなど,同種同効の医療機器が複数同時に並行して使用される場合があり得ることからすると,『一増一減ルール』が存在するからといって,原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には,商品の出所が同一であると誤認するおそれがあることが否定されるものではない。」として,混同のおそれがあると判断されました。

(4)まとめ
本件では,約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきた原告の商品形態について,周知な商品等表示に該当するとともに,これに類似する形態の被告商品を販売する被告の行為は,原告商品と「混同を生じさせる行為」に該当し,不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当するものと判断されました。
なお,原告は,被控訴人による被告製品の製造の差止も請求していましたが,「製造」は不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為として規定されていないとして,製造の差止は認められませんでした。

4.実務上の指針

(1) 原判決では,原告商品の形態について,被告商品との形態との類似性を肯定しながら,被告商品の販売により,原告商品との混同は生じるおそれはないと判断され,不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為の該当性が否定されていました。

原判決にて混同のおそれが否定されたのは,原告商品及び被告商品の取引態様について,「医療機関が医療機器を採用するにあたっては,同種の医療機器については,一種類のみを採用するという原則的な取扱いであるいわゆる一増一減のルールが採用されている」ことが主な根拠とされました。

(2)本件控訴では,上記の原判決が覆り,被控訴人による被告商品の販売は,原告商品と混同を生じさせる行為に該当すると判断され,不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為の該当性が肯定されました。

本件控訴にて,混同のおそれが認められたのは,上記の「一増一減ルール」の実態が考慮され,「『一増一減ルール』が存在するからといって,原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には,商品の出所が同一であると誤認するおそれがあることが否定されるものではない。」と判断されたことが主な根拠となっています。

(3)本件控訴では,原判決から,混同のおそれ(争点1-3)についての判断が変更されました。その判断において,上記の「一増一減ルール」の実態など,医療業界特有の具体的な取引実情が考慮されている点が,参考となる事案です。

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