モリサワ事件(令和2年(ワ)第18003号 発信者情報開示請求事件)
ハードルが 二重であっても モリサワだ
転売品 契約違反で 侵害品
【解説】
発信者情報開示請求の前提としての商標権侵害の成否が争われた事件を詠んでみました。
本件では、原告さんが販売した製品(フォントプログラム)を、被告さんがYahooオークションで転売し、そのときに使用した画像等が問題となりました。
原告商標は「MORISAWA」「モリサワ」で指定商品が「フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」である一方、被告商標は「MORISAWA PASSPORT」で使用商品が「フォントプログラム(フォントデータ)」という、商標も商品もドンピシャじゃない二重のハードルがあった案件でしたが、そこはさすがの「モリサワ」、商標も商品も類似であると判断されています。
また、被告商品はYahoo!オークションに出品された転売品であるところ、一般的に、転売品や中古品の画像を販売ページに掲載することは商標権侵害に該当しないとされることが多いですが、本件では、ライセンス契約で無断複製・譲渡が禁じられているのに、許諾を受けた商品として出品されていると誤認混同を生じるおそれがあり出所表示機能を害するとし、また、アフターサービスを受けることができず原告さんによる品質管理品質も実質的に差異があるとして、商標権侵害が認められました。商標機能論で論じている判示内容が参考になります。
判決文 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/534/090534_hanrei.pdf
判決日 | 事件番号 | 裁判所 | 種別 | 本件商標 | 指定商品役務 | 結論 | 被告商標 | 使用商品役務 |
2021/7/14 | 令和2年(ワ)第18003号 | 東京地方裁判所民事第29部 | 発信者情報開示請求事件 | 9類「コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」 | 認容 | 下記参照 | フォントプログラム |
事案の概要(抜粋・簡略) |
本件出品者は,令和元年5月6日,…「ヤフオク!」に「【1,634フォント収録/送料無料】モリサワパスポート MORISAWA PASSPORT 日本語フォント Windows Mac 両対応」という商品名のソフトウェア…を,即決価格4980円として出品した…。そして,本件ページ上には,同目録記載6の画像…が表示されているところ,本件出品画像には,別紙4本件標章目録記載1及び2の各標章…が含まれている…。さらに,本件ページの「商品説明」の欄には,「状態」として「新品,未使用」と記載され,その下に,「ダウンロード販売型のモリサワパッケージ製品です。」,「MORISAWA PASSPORTのような全書体を年間レンタル契約するのではなく,フォントのライセンスを買い取りで購入しているため,永久に使用頂けます。」などと記載されていた。 |
判決(抜粋・簡略) |
1 争点1(本件表示行為による権利侵害の明白性)について … b 商標の類否 (a) 判断基準 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。 また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所表示標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所表示標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合のほか,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号10 561頁)。 |
(b) 本件標章1の一部の抽出の可否 本件についてこれをみるに,本件標章1は,別紙4本件標章目録記載1のとおり,1段目に「MORISAWA」の文字列を,2段目に「PASSPORT」の文字列を配した2段の構成からなる結合標章である。この点,本件標章1の1段目の文字と2段目の文字は,いずれもゴシック体様の書体で記載されているが,1段目の文字は,2段目の文字と比較して,やや太い。また,2段目の1文字目の「P」は,上下方向にそれぞれ垂直に伸びる平行な対辺と,左右方向にそれぞれ右肩上がりに伸びる平行な対辺によって構成される白地の平行四辺形で囲まれ,青の文字色で記載されているが,本件標章1を構成するその余の文字は,いずれも青地に白の文字色で記載されている。そして,本件標章1を構成する各文字の高さはほぼ同じであり,1段目と2段目の各文字列全体の幅もほぼ同一である。さらに,1段目と2段目の間には空隙が存在するが,空隙の縦幅は,本件標章1を構成する各文字列の高さの2分の1ないし3分の1ほどである。このように,本件標章1を構成する文字の大きさ,(b) 本件標章1の一部の抽出の可否本件についてこれをみるに,本件標章1は,別紙4本件標章目録記載1のとおり,1段目に「MORISAWA」の文字列を,2段目に「PASSPORT」の文字列を配した2段の構成からなる結合標章である。この点,本件標章1の1段目の文字と2段目の文字は,いずれもゴシック体様の書体で記載されているが,1段目の文字は,2段目の文字と比較して,やや太い。また,2段目の1文字目の「P」は,上下方向にそれぞれ垂直に伸びる平行な対辺と,左右方向にそれぞれ右肩上がりに伸びる平行な対辺によって構成される白地の平行四辺形で囲まれ,青の文字色で記載されているが,本件標章1を構成するその余の文字は,いずれも青地に白の文字色で記載されている。そして,本件標章1を構成する各文字の高さはほぼ同じであり,1段目と2段目の各文字列全体の幅もほぼ同一である。さらに,1段目と2段目の間には空隙が存在するが,空隙の縦幅は,本件標章1を構成する各文字列の高さの2分の1ないし3分の1ほどである。このように,本件標章1を構成する文字の大きさ,色,書体及び文字の配置によれば,本件標章1は全体としてそれなりにまとまりよく構成されているとはいえるものの,本件標章1が文字を2段に配して構成されていること,1段目と2段目の文字の太さに相違があること,2段目の1文字目の「P」が,他の文字と異なり,平行四辺形で囲まれ,背景と文字の配色が逆になっていること,本件標章1の1段目と2段目との間には,各文字の高さの2分の1ないし3分の1の空隙が存在することに照らせば,本件標章1の1段目と2段目の結合の度合いは,外観上,強いとまではいえない。 加えて,前記aのとおり,原告は,平成28年(2016年)から令和2年(2020年)にかけて,5年連続で,フォントソフトの販売数がトップであるとして株式会社BCNから表彰されていること,同年当時における原告の販売数シェアは全体の44.1%であり,2位のメーカーを大きく引き離していること,一般企業等を含む幅広い層の需要者を獲得していたと認められることに照らすと,原告の社名は,フォントソフトメーカーとして,フォントソフトの需要者の間で周知性を獲得し,現在においても周知性を維持し続けていることが推認される。そうすると,原告の社名を示す「モリサワ」は,需要者に対し,フォントソフトの出所表示標識として,支配的とまでは認めがたいものの,相当程度強い印象を与えるものと認められる。そして,本件標章1の1段目を構成する「MORISAWA」は,原告の社名と同一である「モリサワ」の称呼を生じる上,原告は,「MORISAWA PASSPORT」のように,社名と同一の称呼を生じる「MORISAWA」を冠した商品をユーザーに提供している。以上によれば,上記「モリサワ」と同様に,「MORISAWA」もまた,需要者に対し,フォントソフトの出所表示標識として,相当程度強い印象を与えるものと認めるのが相当である。 これに対し,本件標章1の2段目を構成する「PASSPORT」は,「旅券」などを意味する一般名詞であるから,当該記載にはフォントソフトの出所表示標識としての称呼,観念が生じるとは認め難い。以上の次第で,本件標章1の1段目と2段目の結合の度合いが強いとまではいえないこと,「MORISAWA」の部分はフォントソフトの出所表示標識として強い印象を需要者に与える一方,「PASSPORT」の部分にはそのような印象を与えるとは認め難いことを総合すれば,1段目の文字と2段目の文字の書体が共通であり,それらの高さや各文字列全体の幅がほぼ同一であることを考慮しても,本件標章1の外観は,1段目の文字と2段目の文字がそれを分離して観察することがフォントソフトの取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められないというべきである。 したがって,本件標章1から上記「MORISAWA」の部分を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。 (c) 原告商標1と本件標章1の類否 以上を前提に,原告商標1と本件標章1のうち1段目を構成する「MORISAWA」の部分とを対比すると,両者の外観は,その文字の種類,書体,大きさ,構成等に照らし,類似しているものと認められる。また,本件標章1の上記部分からは「モリサワ」の称呼を生じるから,原告商標1の称呼と同一であると認められる。さらに,本件標章1の上記部分からは,フォントプログラムの分野で周知性を有する原告又は原告が販売等するフォントプログラムの観念を生じるから,原告商標1と観念において同一である。 このように,原告商標1と本件標章1の上記部分は,外観及び称呼において,類似又は同一であると認められ,原告において,「MO5 RISAWA PASSPORT」をライセンス契約の形式によりユーザーに提供していること,フォントプログラムのみを販売することはなく,同プログラムをインターネットオークションサイトに出品することを禁じていることなどの取引の実情を十分に考慮しても,本件標章1の上記部分がインターネットオークションサイト上 でフォントソフトをダウンロード販売する際に使用されるときは,需要者において,そのフォントソフトを原告の製造又は販売に係る商品であると誤認混同するおそれがあるといわざるを得ない。 以上によれば,原告商標1と本件標章1は類似するものと認めるのが相当である。 |
(イ) 原告商標2と本件標章2 証拠(甲1,9の2)及び弁論の全趣旨によれば,本件標章2の外観は,その文字の種類,書体,大きさ,構成に照らし,原告商標2の外観と類似するものと認められる。 そして,前記(ア)で説示したところに照らせば,原告商標2と本件標章2とは,称呼において同一であると認められる。 そうすると,本件標章2がインターネットオークションサイト上でフォントソフトをダウンロード販売する際に使用されるときは,需要者において,そのフォントソフトを原告の製造又は販売に係る商品であると誤認混同するおそれがあるといえる。 以上によれば,原告商標2と本件標章2は類似するものと認めるのが相当である。 |
イ 原告各商標の指定商品と本件商品との類似性 (ア) 商品が類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判定すべきものではなく,それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,それらの商品は商標法37条1号にいう「類似する商品」に当たると解するのが相当である(最高裁昭和33年(オ)第1104号同10 年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁参照)。 (イ) 本件についてこれをみるに,原告各商標の指定商品は,「コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」である。これに対し,本件商品は,前記前提事実(3)イのとおり,フォントプログラム自体,すなわち,コンピュータ用フォントの電子的データ自体であって,記憶媒体ではないから,原告各商標の指定商品と本件商品が同一であるとは認められない。 しかし,需要者は,フォントプログラムを利用するに際し,本件商品のようにインターネット上からダウンロードするような場合もあれば,コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体を用いて端末に上記電子的データをインストールする場合もある。そして,証拠(甲8)によれば,原告は,本件商品と同一の商品名である「MORISAWA PASSPORT」を,フォントの電子的データを記録した記憶媒体を含む製品パッケージを販売する形でも提供していることが認められる。 以上によれば,原告各商標の指定商品と本件商品に同一又は類似の商標を使用するときは,需要者であるフォントプログラムの利用者において,原告の製造又は販売に係る商品と誤認するおそれがあるといえるから,本件商品は,原告各商標の指定商品と類似すると認めるのが相当である。 |
(2) 争点1-2(違法性阻却事由の存否)について … イ 商標機能論及び消尽並びに商標的使用について (ア) 商標機能論及び消尽について a 前記ア(ア)bのとおり,原告は,本件ライセンス契約を締結した上で,所定の手続による認証を受けない限り,ユーザーに「モリサワフォントプログラム」の使用を許諾していない。そして,原告は,本件規定により,「モリサワフォントプログラム」の複製や,複製した「モリサワフォントプログラム」を譲渡等することを禁じているから,本件出品のように,「モリサワフォントプログラム」を複製したものをインターネットオークションサイトに出品する行為もまた,当然に禁じているものと認められる。 そうすると,本件出品は,「ヤフオク!」で本件出品画像を目にした者をして,あたかも本件出品者が原告から許諾を受けて「モリサワフォントプログラム」又はこれを含む「MORISAWA PASSPORT」を出品しているものと誤認混同させるおそれがある。 以上によれば,本件出品者による本件表示行為は,原告各商標が有する出所表示機能を害するものというべきである。 b また,前記ア(ウ)のとおり,本件商品は,実在する大阪市内の株式会社が原告との間で締結した「MORISAWA PASSPORT」のライセンス契約に基づいてダウンロードした「モリサワフォントプログラム」が複製されたものであり,本件ライセンス契約所定の認証を受けたものではない。そのため,前記ア(イ)のとおり,本件商品を取得した者は,ライセンス証明書を取得することはできないし,原告から,ソフトウェアのアップデートや新書体の提供その他のアフターサービスを受けることもできず原告による契約ないし利用状況の管理(前記ア(ア)b(b)ないし(d))も行われず,アップデートや契約の更新等の通知を受けることもできない。 そうすると,本件商品は,本件ライセンス契約が締結された真正品の「モリサワフォントプログラム」と比較して,上記のアフターサービスを受けることができず,原告による品質管理が及ばないという点において,品質において実質的に差異があると認められる。 したがって,本件出品者による本件表示行為は,原告の原告各商標が有する品質保証機能を害するものというべきである。 |
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