【米国特許】「integrate the judicial exception into a practical application」とは?
前回の「directed to」に関する記事の投稿から時間が空いてしまいましたが、「integrate the judicial exception into a practical application」についての考察をしたいと思います。
MPEPの「2016.04 Eligibility Step 2A: Where a Claim Directed to a Judicial Exception」に記載されたフローチャートのStep 2A Prong 2には以下のような記載があります。
「Does the claim recite additional elements that integrate the judicial exception into a practical application?」
(クレームには、司法例外をpractical applicationにintegrate intoする付加的要素が記載されているか)
上記文中で、日本語に翻訳するのが難しい表現は「integrate ~ into」と「practical application」です。
前者は「~に統合する」、後者は「実用的応用」などと訳されることが多く、「integrate the judicial exception into a practical application」は「司法例外を実用的応用に統合する」と訳されたりしますが、やはりピンときません。
誤解の無いように言っておきますが、「ピンとこない」というのは、原文のニュアンスをそのまま伝えられる日本語が無いため、訳文を読んだだけでは意味がよくわからないというだけで、「適訳ではない」ということではありません。
実際、米国特許実務に携わって日の浅い方に「directed to」や「integrate the judicial exception into a practical application」の意味を聞かれることがあるのですが、なかなか説明するのが難しく、わかりやすい説明ができないものかと思い、今回の考察に至ったわけです。
「integrate」と聞いて思い浮かぶのは「integrated circuit (IC)」ではないでしょうか。
イメージとしては、複数の細かいものをまとめて1つのおおきなものにするとか、1つの小さなものを1つの大きなものに組み込むといった感じです。
おさらいになりますが、「司法例外」とは、自然法則、自然現象(自然の産物)、抽象的概念のことです。
このうち、今回も「抽象的概念」について考えたいと思います。
また、「付加的要素」とは 、司法例外以外の要素を指します。
上述しましたように、「integrate ~ into」は「統合する」と訳されることが多いのですが、「抽象的概念を~に統合する」とは具体的にどういうことなのかイメージし難くないでしょうか。
そこで、2024年7月24日付記事「USPTOが特許適格性に関するガイダンスを更新、AI関連発明の特許適格性判断例も提示」における「例47」についての解説では、「(司法例外を実用的応用に)組み込んでいるか」と訳しましたが、「組み込む」でもまだイメージが掴み難いように思います。
「application」は「応用」とか「適用」と訳されることが多いのですが、上記Step 2A Prong 2の原文の「application」は、もう少し平たく言えば、「何かに使う」というようなニュアンスです。
「practical」は「実用的」と訳されることが多いのですが、「理論ではなく実際の」というニュアンスで使用されることがあります。例えば、「研修」には「講義」と「実習」の2つの形態がありますが、「講義」ではなく「実習」をイメージしていただくと、どういう意味で「practical」が使用されるのかがわかりやすいのではないでしょうか。
上記ニュアンスで「practical application」を訳すと、「実際の何かに使う」ということになります。
これを踏まえて「integrate the judicial exception into a practical application」を訳すと、「抽象的概念を実際の何かに使う」となり、これなら何となく意味がわかるような気がしませんか?
何となく意味を理解するのであればこれで十分とも言えますが、特許適格性の判断においては、単なる使用では不十分です。
そこで、クレームにおいて、抽象的概念と付加的要素の関係がどのように記載されているとOK(特許適格性あり)で、どのように記載されているとNG(特許適格性なし)なのかを見ていきながら、特許適格性の判断において「integrate ~ into」が意味するところを考えてみることにします。
「例47」のクレーム2とクレーム3のどちらにも司法例外が記載されています。
しかし、クレーム2は、Step 2A Prong 2がNO(結果として特許適格性なし)とされ、クレーム3はStep 2A Prong 2がYES(結果として特許適格性あり)とされています(2024年7月24日付記事参照)。
[クレーム2]
人工ニューラルネットワーク(ANN)用特定用途向け集積回路(ASIC)の使用方法であって、以下を備える:
(a)コンピュータで連続トレーニングデータを受信;
(b)前記コンピュータによって、前記連続トレーニングデータを離散化し、入力データを生成;
(c)前記コンピュータによって、前記入力データと選択されたトレーニングアルゴリズムに基づいて前記ANNをトレーニングしてトレーニング済みANNを生成、前記選択されたトレーニングアルゴリズムは、誤差逆伝播アルゴリズムと勾配降下アルゴリズムとを含む;
(d)前記トレーニング済みANNを使用して、データセット内の1つ以上の異常を検出;
(e)前記トレーニング済みANNを使用して、前記1つ以上の異常を解析し、異常データを生成;
(f)前記トレーニング済みANNから前記異常データを出力。
ステップ(a)-(c)は、汎用コンピュータによって、データの受信や生成、トレーニング済みANNの生成を行っているに過ぎません。
また、ステップ(d)-(f)は、異常検出、データの生成や出力にトレーニング済みANNを使用しているに過ぎません。
したがって、「抽象的概念を特定の技術環境で使用することを限定しているに過ぎない」とされています。
つまり、抽象的概念の単なる使用に該当します。
[クレーム3]
人工ニューラルネットワーク(ANN)用特定用途向け集積回路(ASIC)を使用して悪意のあるネットワークパケットを検出する方法であって、以下を備える:
(a)コンピュータによって、入力データと選択されたトレーニングアルゴリズムに基づいて前記ANNをトレーニングしてトレーニング済みANNを生成、前記選択されたトレーニングアルゴリズムは、誤差逆伝播アルゴリズムと勾配降下アルゴリズムとを含む;
(b)前記トレーニング済みANNを使用して、ネットワークトラフィック中の少なくとも1つの異常を検出;
(c)少なくとも1つの検出された異常が1つ以上の悪意のあるネットワークパケットに関連するものと判定;
(d)前記1つ以上の悪意のあるネットワークパケットに関連するソースアドレスをリアルタイムで検出;
(e)前記1つ以上の悪意のあるネットワークパケットをリアルタイムで破棄;
(f)これ以降の前記ソースアドレスからのトラフィックをブロック。
クレーム3の各ステップは以下のように認定されています。
ステップ(a)-(c):抽象的概念
ステップ(d)-(f):抽象的概念ではない
※ (d)-(f)は、リアルタイムでのソースアドレス検出やパケットの破棄、トラフィックのブロックなど、人間が頭の中だけでは行うことのできない処理を行っているため、思考プロセス(抽象的概念)ではないと認定。
上記の認定によれば、クレーム3のステップ(a)-(c)が司法例外に該当し、ステップ(d)-(f)が付加的要素に該当します。
また、クレーム3の付加的要素である ステップ(d)-(f)は、ステップ(a)-(c)の検出結果や判定結果を使用して危険を回避する未然防止策を講じることによってネットワークセキュリティを強化している、と認定されています。
抽象的概念であるステップ(a)-(c)は、抽象的概念ではないステップ(d)-(f)を実行する上で不可欠な要素となっており、クレーム2のように単なる使用に留まらず、ステップ(d)-(f)が実行するネットワークセキュリティを強化する処理に深く関わっていると言えます。
ここで、冒頭の英文「Does the claim recite additional elements that integrate the judicial exception into a practical application?」に戻り、「practical application(実用的応用)」に「ネットワークセキュリティを強化する処理の実行」を当てはめると、上記英文はクレーム3用に以下のような問いに書き換えることができます。
「クレーム3には、司法例外を深く関わらせてネットワークセキュリティを強化する処理を実行する付加的要素が記載されているか」
以上、「integrate the judicail exception into a practical application」の意味について考察してみましたが、文字面だけで理解しようとすると非常に難しいので、Step 2A Prong 2を考える際は、以下について考えることが非常に重要であると感じました。
・クレームに「司法例外」と「司法例外に該当しない構成要素」が記載されている
・上記構成要素の機能/性能やそれらが属する技術分野のレベルの向上に「司法例外」が寄与している(実際に深く関わり合いをもって使われている)
米国の特許適格性の判断については、理解するのがなかなか難しいことも多いかと思いますが、前回と今回の2つの記事が少しでも理解の手助けになれば幸いです。