夢事件で詠む

夢事件(平成31年(ワ)第8117号 損害賠償等請求(商標権侵害)事件)

 

意外じゃない  一般的な語  登録済み


【解説】

「日本酒」についての登録商標「夢」につき、商標権侵害が争われた事件を詠みました。

「夢」の商標権者たる原告さんは、日本酒の製造販売会社ではなく、ラベルのデザインや印刷を得意とする企業のようで、他にも「空」「八海山」「一ノ蔵」等ののラベルを製作し印刷していらっしゃるようです。

一方、被告さんは、原告さんの出願日より前から、被告標章を日本酒の瓶と箱に表示していたようです。

被告さんは、
・自分では使わない商標を登録したのは悪意があったので4(1)7の無効理由があるし、自分では使わない権利を振りかざすのは権利濫用である
「夢」は広汎に使用され、きわめて簡単で、かつ、ありふれているので、3(1)5の無効理由がある
・原告の出願前から使っているから先使用権がある
等の点を主張しましたが、裁判所は全て認めませんでした。
詳細は下記の表をご覧ください((3(1)5の無効理由については、除斥期間経過後であることを理由に認められていません。)

 

被告さんとしてみれば、長年使っていた標章に対し、いまさら商標権侵害っていう? 感 があったかもしれません。でも原告さんは旧商標権を他の醸造会社にライセンスしてたので、警戒してた方がよかったかもしれないですね…。

また、上記の主張にもあるように、被告さんは、『「夢」なんて一般的な語だから、使っても問題ないだろう』と考えていた様子も垣間見えます…。

商標の世界でいう「普通名称」というのは、あくまで商品・役務(サービス)との関係で”普通”かどうか判断するもので、例えば、商品「リンゴ」に「Apple」は「普通名称」ですが、商品「スマホ」に「Apple」は「普通名称」でないです。この関係からすると、商品「日本酒」に「夢」は「普通名称」とはいえないですね…。なので、(他の条件をクリアすれば)商標登録できることになります。

なお、被告さんが挙げていた3(1)5の無効理由では、その商標が「極めて簡単」であることが必要ですが、これは構成自体が極めて簡単なことをいい、例えば、数字とか、アルファベット2文字以内と、○□とか…。「夢」という漢字の構成は「極めて簡単」とまではいえないと思います…。

といったように、よく使われている語というだけで『一般的な語だから…』と判断するのは、リスクがあります

被告さんの商品は、H20以降の年間売上げ200万~500万円程度だったようですが、裁判となると、それにかかる費用・時間・気持ちが削がれることもあり、ダメージは小さくないと思います。

いろいろ教訓になる事件でございました。

 

判決文  https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/475/090475_hanrei.pdf

判決日 事件番号 裁判所 種別 本件商標 指定商品役務 結論 被告標章 使用商品役務
2021/6/28 平成31年(ワ)第8117号 東京地方裁判所民事第29部 損害賠償等請求(商標権侵害)事件

(標準文字)

33類「日本酒」 認容
(侵害認定)差止め・
損害賠償
 下記参照 日本酒

被告標章1

被告標章2

事案の概要(抜粋・簡略)
原告は,昭和46年3月出願・昭和48年11月登録の商標「夢(ゴシック体)」に係る商標権(旧商標権)と,平成11年9月出願・平成12年11月登録の商標「夢(標準文字)」(本件商標)に係る商標権(本件商標権)とを有する。

被告の前身である旧東薫酒造は,本件商標の出願前の平成3年4月頃から,被告各標章を付した被告商品を販売し,旧東薫酒造から事業を承継した被告は,引き続き被告各標章を付した被告商品を全国において年間約1400本販売している。

判決(抜粋・簡略)
2 争点2(無効の抗弁の成否)について
(1) 法4条1項7号について
ア …
(ア) 原告は,昭和22年7月16日に設立され,酒や調味料の紙ラベルやシールラベル,パッケージのデザイン及び印刷を得意とし,全国の醸造会社と取引があり,「十四代」,「空」,「八海山」,「一ノ蔵」等各種日本酒のラベルを製作し,印刷している(甲1,3)。
 原告は,業として,原告商標の指定商品である日本酒を生産し,証明し,譲渡したことはないものの,原告商標を用いた日本酒のラベル,外箱等の印刷,製作,企画提案等や原告商標の管理を行うために,原告商標の商標登録を受けた(弁論の全趣旨)。
(イ) 原告は,昭和46年3月31日,ゴシック体様で記載した「夢」という漢字1字からなる商標について,指定商品を清酒として登録出願を行い,昭和48年11月1日,同出願に係る商標登録を受けた(登録番号第1041023号。以下,この商標登録に係る商標権を「旧原告商標権」25 という。)。旧原告商標権の存続期間は,その後,更新され,平成15年11月1日に終了した(甲27の1)。

イ(ア) 被告は,原告が,自ら指定商品である日本酒を生産する目的を有しておらず,自己が取得した登録商標を使用した者に対してライセンス料名下に金銭を請求して利益を得る目的で,原告商標権を取得したものであり,商標制度を悪用し,公正な商取引に反するものであるから,原告商標の商標登録には法4条1項7号の無効理由があると主張する。
 そこで検討するに,…,原告は,全国の醸造会社とラベルの製作等に係る取引を行っており,原告商標の商標登録を受ける25年以上前に,原告商標と同じく「夢」という漢字1字からなる商標登録を受けて旧原告商標権を取得し,日本酒のラベル,外箱等の印刷,製作,企画提案等を行うとともに,旧原告商標権を侵害する標章を使用していた酒造会社との間で,同標章の使用を中止させるなどしたところ,引き続き「夢」という漢字1字からなる原告商標を用いた日本酒のラベル等の印刷,製作等を行うため,原告商標の商標登録を受けたものである。そして,…,原告は,市島酒造社らに対して原告商標の通常使用権を許諾するとともに,その対価として,市島酒造社らから原告商標を付する商品の容器に貼付するラベルその他の関連印刷物を受注する旨の契約を締結しており,このような事業形態は,原告が原告商標の登録出願時においても同様であったと推認することができる。
 そうすると,原告は,長年にわたり,日本酒を販売するのに不可欠なラベルや外箱等の印刷,製作,企画提案等を行っており,このような原告の業務は,日本酒の製造及び販売に密接な関係があるといえる。そして,原告が,原告商標の商標登録を受け,原告商標の通常使用権を許諾した酒造会社から,原告商標に係るラベル,外箱等の印刷を受注するとともに,原告商標権を侵害する標章を使用する者に対してその使用を中止させるなどの原告商標の管理を行うことは,上記許諾を受けた酒造会社の利益にも適うものであり,原告に原告商標の商標登録を認めることが不合理であるとはいえない。
3 争点3(先使用権の成否)について
(1) …
イ …
 被告の年間の総売上高は約1億5000万円であり,被告商品の平成20年以降の年間の売上げは約200万円ないし500万円であった(甲21,被告代表者)。

(2) …
 …,旧東薫酒造及び被告は,原告商標の登録出願日である平成11年9月20日より前から,指定商品の日本酒である被告商品について,原告商標に類似する被告各標章を継続して使用していたといえる。
 しかし,…,被告商品は,千葉県及び東京都を中心に出荷されているところ,そのうち,千葉県に限っても38もの酒造会社が存在しており,また,東京都が日本酒の日本最大の市場であることは当裁判所に顕著であるから,それらの地域において,多数かつ多種の日本酒が販売されていることがうかがわれる。また,…,被告商品は,被告が販売する約20種類の日本酒のうちの一つにすぎず,かつ,被告における代表的な銘柄というわけでもない上,被告商品の年間の売上げはさほど高額とはいえず,旧東薫酒造及び被告の総売上高に占める割合も小さい。
  以上によれば,被告商品の販売開始から原告商標の登録出願日である平成15 11年9月20日までに約8年半の期間が経過していたことを考慮しても,同日当時,被告各標章が被告の業務に係る商品を表示するものとして需要者である日本酒の購入希望者の間に広く認識されていたとは認めるに足りず,本件全証拠によっても,他に被告商品が周知であったことをうかがわせる事情は認められない。
  したがって,被告各標章につき先使用権(法32条1項)は認められず,被告の上記主張は理由がない。
4 争点4(権利濫用の成否)について

 原告は,日本酒の製造及び販売に密接な関係がある業務を行っており,原告商標の通常使用権を許諾し,原告商標に係るラベル,外箱等の印刷を受注するとともに,通常使用権者のために原告商標の管理を行うことが不合理であるとはいえず,原告が,原告商標以外に,多岐にわたる指定商品又は指定役務について商標登録出願をし,登録された商標を収集して,それを用いて利益を得ているといったような事情は認められない。
 以上を前提に検討すれば,原告が市島酒造社らに原告商標の使用許諾をすることでラベル等の印刷を受注していることについて,原告商標権を不当に行使するものということはできず,原告が酒造会社4社との間で和解契約を締結し,又は裁判上の和解をしたことが,直ちに,第三者をして商標を誤用させ,損害賠償名下に金銭を支払わせることを目的とするものであったと認定することはできない。
 そうすると,原告の行為が,法1条に反し,社会の正常な経済行為を阻害するものであるということはできず,本件全証拠によっても,原告の被告に対する本件請求が権利の濫用に該当することを根拠付ける事情は認められない。
6 争点6(損害の発生及びその額)について

(2) 法38条3項に基づく請求について

オ 以上の諸事情に加え,前記ウのとおり,原告が原告商標の通常使用権を許諾したことにより得られた利益の実績を基に,被告商品について計算した原告商標の使用の対価に相当する金額の割合や,広告業等における商標権のロイヤルティ料率の相場は概ね3ないし6%であり,1%未満の例もあると認められること(甲23)を考慮すると,原告商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額は,被告商品の売上げの2%に相当する額と認めるのが相当である。

 

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